
父と共に60年以上、天野ぶどう園を支えてきた母。
この時期は、収穫してきたぶどうの手入れと箱詰めを一手に行っていましたが、昨年は体調を崩したこともあり、何もできないままシーズンを終えました。
「ぶどうの仕事はもうできないねー」
少し寂しそうに話していましたが、この夏、冗談交じりに「デラウェアの手入れ、手伝って」と声をかけると、そこからスイッチON!
今では、マーケットでも販売している500gの袋詰めを担当してくれています。

そして、私の妻。
2020年に前職を退職。
その後は、4月から7月の栽培期、8月から10月の収穫期と、休みなくぶどうと向き合っています。
育ったのはサラリーマン家庭。
本人も事務職一筋。
毎週お休みのある生活は一変して「こんなはずじゃなかった」と言いながら、オフシーズンの旅行を楽しみに、今では母から引き継いだ発送ぶどうの梱包を毎日行っています。

そして、園主は私です。
両親の年齢が上がるとともに、少しずつ農業へシフト。
2019年、県内のスポーツを扱った雑誌の取材・編集を最後に退職しました。
現在は農業に専念しながら、畑のオフシーズンには、女子バスケのトップリーグに所属する山梨クィーンビーズで試合の写真を撮り、文章を書いています。
ぶどうを作って、オフは写真を撮って、文章を書く
そんな生活です。
月イチだったり、年に4回だったり。
発行を終えると振り返り、また次号に備える、そんな本作りをやってきました。
それが今は、剪定から始まり、栽培期、そして収穫期へ。
一年に一度、シーズンを終えて自分たちの仕事を振り返り、また次の年に備えます。
やっていることはそれほど変わっていないのかもしれませんが、サイクルがずいぶん長くなりました。
現在66歳。
さて、あと何回できるでしょうか。
そして、どこまで成長できるでしょうか。

最後に、ウチに欠かせない人たち。
県外からボランティアで、笠懸、袋かけ、そしてデラウェアの収穫を手伝いに来てくれる皆さん。
そして、兄弟や親戚。
いや、「手伝ってくれる」ではありません。担ってくれています。
家族で細々と営む天野ぶどう園にとって、欠かすことのできない大きな戦力です。

